がん遺伝子診療部門

リンチ症候群

リンチ症候群は、がんになりやすい遺伝性体質の1つです。特に発症しやすいがんは、大腸がんや子宮内膜がんです。がんの発症する時期や発症するがん種はひとによって異なります。また、全員が必ずがんになるとは限りません。

リンチ症候群の原因遺伝子は、ミスマッチ修復遺伝子(MLH1遺伝子、MSH2 遺伝子、MSH6遺伝子、PMS2遺伝子)とEPCAM遺伝子の5つの遺伝子がみつかっています。これらの遺伝子に病的バリアント(がんの発症の原因となるDNA配列の特徴)がある場合、リンチ症候群となります。

ミスマッチ修復機構とは、DNAを複製(コピー)する際に生じた塩基のミスマッチを修復する機構のことです。MLH1遺伝子、MSH2遺伝子、MSH6遺伝子、PMS2遺伝子は、ミスマッチ修復遺伝子です。ミスマッチ修復遺伝子に病的バリアントがあったり、EPCAM遺伝子の病的バリアントによるMSH2遺伝子の働きが抑えられると、コピーミスが修復できなくなり、細胞分裂を繰り返すたびにコピーミスが蓄積され、がん化につながります。

DNA配列上には、マイクロサテライトと呼ばれる短い文字列が何度も繰り返す部分があります。ミスマッチ修復遺伝子に異常があると、マイクロサテライトにコピーミスが起こりやすくなります。リンチ症候群のがん細胞では、コピーミスによるマイクロサテライトの連続回数が異なる細胞が90%以上でみられます。この現象は、マイクロサテライト不安定性と呼ばれ、このような細胞が増えている場合を、高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-High)といいます。MSI-High を示す組織は、がんが発生しやすい状態と考えられています。

両親のいずれかがリンチ症候群の原因遺伝子の病的バリアントをもっている場合、子供がリンチ症候群の病的バリアントを受け継ぐ確率は50%です。

また、両親のいずれもリンチ症候群の原因遺伝子の病的バリアントをもっていなくても、子供がリンチ症候群の病的バリアントをもっている場合もあります。

リンチ症候群の診断

遺伝性大腸癌診療ガイドライン2022年版によると、家族歴を含め、リンチ症候群が疑われる人に対し、次のステップ1~3の流れで確定診断が行われます。

第1次スクリーニング

「アムステルダム基準Ⅱ」あるいは「改訂ベセスダガイドライン」を満たすかどうかの確認が行われます。

アムステルダム基準Ⅱ(1999)

少なくとも3人の血縁者が関連腫瘍(大腸がん、子宮内膜がん、腎盂・尿管がん、小腸がん)に罹患しており、以下のすべてを満たしている

1.罹患者の1人について他の2人は第1度近親者(子ども、きょうだい、親)である
2.少なくとも連続する2世代に罹患者がいる
3.少なくとも1人のがんは50歳未満で診断されている
4.腫瘍は病理学的にがんであることが確認されている
5.家族性大腸腺腫症(FAP)ではない

改訂ベセスダガイドライン(2004)

※以下の項目のいずれかを満たす大腸がんの患者さんには、腫瘍のマイクロサテライト不安定性(microsatellite instability:MSI)検査が推奨されます。

1.50歳未満で診断された大腸がん
2.年齢に関わらず、同時性あるいは異時性の大腸がんあるいはその他のリンチ症候群関連腫瘍(大腸がん、子宮内膜がん、胃がん、卵巣がん、膵がん、胆道がん、小腸がん、腎盂・尿管がん、脳腫瘍(通常はターコット症候群にみられる膠芽腫)、ムア・トレ症候群の皮脂腺腫や角化棘細胞腫)がある
3.60歳未満で診断されたMSI-Hの組織学的所見(腫瘍内リンパ球浸潤、クローン様リンパ球反応、粘液がん・印環細胞がん様分化、髄様増殖)を有する大腸がん
4.第1度近親者が1人以上リンチ症候群関連腫瘍に罹患しており、その関連腫瘍のうち1つは50歳未満で診断された大腸がん
5.年齢に関わりなく、第1度近親者あるいは第2度近親者(祖父母、叔父・叔母、おい・めい、孫)の2人以上がリンチ症候群関連腫瘍と診断されている患者さんの大腸がん

第2次スクリーニング

MSI遺伝子検査で高頻度MSI(MSI-High)または、免疫染色(MMRタンパク(IHC))でミスマッチ修復蛋白の消失を確認します。これらの検査結果と、既往歴、家族歴を総合的に考えることで、リンチ症候群であることが考えられます。

2023年7月現在、MSI遺伝子検査と、免疫組織学的検査は、どちらも保険収載されています。

第3次スクリーニング

確定診断のために、血液などの正常組織を用いてMLH1、MSH2、MSH6、PMS2、EPCAM遺伝子に病的バリアント(変異)があるかどうかを、遺伝学的検査で調べます。

MSI遺伝子検査

MSI遺伝子検査は、リンチ症候群の診断目的で行う場合と、ニボルマブまたはペムブロリズマブの投与の適応かあるかどうかを判断する場合があります。

MSI遺伝子検査は、癌の組織検査で行います。癌の組織は、採取してから3年以内のものを使用します。

ニボルマブは、がん化学療法後に増悪した治癒切除不能な進行・再発の高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-High)を有する結腸・直腸がんに適応があります。

ペムブロリズマブは、以下の場合に適応があります。

(I) がん化学療法後に増悪した進行・再発の高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-High)を有する固形癌(標準的な治療が困難な場合に限る)
(II) 治癒切除不能な進行・再発のMSI-Highを有する結腸・直腸癌

MSI遺伝子検査費用

検査の費用は3割負担7,800円(1割負担で2,600円)です。検査時には、診察料、カウンセリング料などが別途必要となります。

MMRタンパク(IHC)費用

検査の費用は3割負担8,490円(1割負担で2,830円)です。検査時には、診察料、カウンセリング料などが別途必要となります。

MSI遺伝子検査結果

MSI検査(陰性)またはMSI検査(MSI-High)

MMRタンパク(IHC)検査結果

原因蛋白が消失しているかどうか

リンチ症候群の拾い上げ

1.当院では、腫瘍内科医、婦人科医または乳腺内科医が既往歴および家族歴の問診をとりカルテ記載を行います
2.Lynch症候群の検査基準を満たすがん患者に対してがん遺伝子診療部門から患者に情報提供を行います
3.MSI 検査を希望した場合、がん遺伝子診療部門でMSI検査を施行します
4.病的変異をみとめた場合、がん遺伝子診療部門で適切なサーベイランスを提供するとともに家系内フォローを開始します

サーベイランス(見守り)

遺伝性大腸癌診療ガイドライン2022年版参照

リンチ症候群と診断された場合

大腸、大腸内視鏡を20-25歳から、検査間隔1-2年

子宮・卵巣、経腟エコー、子宮内膜細胞診、血液でCA125の測定、30-35歳から、検査間隔1年

胃・十二指腸、上部消化管内視鏡、30-35歳から、検査間隔1-3年、胃がんリスクの高い集団、または胃・十二指腸がんの家族歴がある場合に考慮

尿路、検尿(または尿細胞診)、30-35歳から、検査間隔1年、MSH2 バリアント、または尿路上皮がんの家族歴がある場合に考慮

家系内フォロー

がん遺伝子診療部門では血縁者への対応も行っています。血縁者への情報提供や遺伝子変異が引き継がれているかを調べることが可能です。血縁者への検査については自費診療となります。

検査費用
遺伝カウンセリング:初診11,000円 再診5,500円

遺伝子検査によりMSI遺伝子変異の保因者の診断となればその後も継続してがん遺伝子診療部門でフォローをさせていただきます

ご不明な点や質問については電話またはメールにてお問い合わせください
電話:地域連携センター TEL:0725-41-3150
FAX:0725-41-2513