前立腺がん
前立腺は男性のみにある臓器であり、精液の一部に含まれる前立腺液を作っています。前立腺腺細胞が正常な細胞増殖機能を失い、無秩序に増殖してしまう状態を前立腺がんといいます。統計的には、本邦で前立腺がんと新たに診断される人数は年間10万人あたり117.9人です。高齢になればなるほど前立腺がん患者が増えていくのも特徴で、60歳を越えてから発病率が高くなる傾向があります。男性では胃がん・大腸がん・肺がんに次いで4番目に罹患率が高いがんです。
発生要因として現在までに明らかになっているのは、がん遺伝子、前立腺がんの家族歴、高年齢がリスク因子とされています。
症状・特徴
早期の前立腺がんでは、多くの場合特徴的な症状はありません。最近は、人間ドックや市民特定検診などで腫瘍マーカーであるPSA(前立腺特異抗原)を測定し高値であることから診断に至る患者さんが増えています。また、同時に前立腺肥大症を伴っている場合には、尿が出にくい、排尿回数が多い、尿が残った感じがある、夜間に何度もトイレにおきてしまうなどの症状で病院にかかり採血検査の結果で前立腺がんと診断されることもあります。
前立腺がんが進行すると、血尿や精液に血が混じるといった症状や腰が痛いなど骨への転移による痛みが出てくることもあります。
診断方法
前立腺がんの診断方法には以下に示すものがあります。
- PSA検査
PSA検査は前立腺がんの早期発見において最も有用な検査です。前立腺がんや炎症により、前立腺組織の細胞基底膜が損傷をうけ、血液中にPSAが漏れ出し、増加します。PSAの基準値は0から4ng/mLです。PSA4から10ng/mL未満の状態をグレーゾーンと呼び、がんの陽性率は20から30%です。正常値を越えていても前立腺がんではない場合もあり、以下にしめすような精査を行い評価します。 - 直腸診
直腸診は肛門から指を挿入し、前立腺の状態を確認する検査です。外来で容易に可能であり、痛みもほとんどありません。直腸診では前立腺の大きさや硬さを判断し、前立腺がんが疑わしい場合には硬結(石のような硬さ)を触れることがあります。 - MRI検査
前立腺がんが疑わしい場合、低信号領域として現れることが多くMRIを行い生検の是非を評価するために行われます。最近では、画像の技術向上もあり拡散強調画像を用いて微小な早期前立腺がんの検出にも役立ちます。 - 前立腺生検
自覚症状やPSAの数値、MRIの結果から、前立腺がんが疑わしい場合には、確定診断を行うために組織の採取である前立腺生検を行います。当院では脊椎麻酔下に、超音波で前立腺を確認しながら16か所の生検を行っています。検査時間はおおよそ15分と短く、翌日には退院可能です。 - 画像診断(CT・骨シンチグラフィー)
生検の結果、がん細胞が検出された場合には、がんの広がりを診断すべくCTでリンパ節転移や多臓器への転移がないか確認します。また前立腺がんは骨へ転移することがあるため、骨シンチグラフィーを行い骨転移の有無を確認します。
治療方法
前立腺がんの治療方法には、監視療法・手術・放射線治療・内分泌治療・化学療法があります。
- 監視療法
積極的な治療は行わず経過観察を行う方法です、適応としては PSA値が10ng/mL以下、病期がT2以下、グリーソンスコアが6以下で、その他の指標も含めて総合的に判断されます。
監視療法では、3~6カ月ごとの直腸診とPSA検査、および1~3年ごとの前立腺生検を行い、病状悪化の兆しがみられた時点で、治療の開始を検討します。 - 手術
手術では、前立腺と精のうを摘出し、その後、膀胱と尿道をつなぐ前立腺全摘除術を行います。手術はがんが前立腺内にとどまっており、期待余命が10年以上と判断される場合に行うことが最も推奨されていますが、前立腺の被膜を越えて広がっている場合でも対象となります。手術の方法には、開腹手術、腹腔鏡手術、ロボット手術があります。- 開腹手術(恥骨後式前立腺全摘除術)
開腹手術は、全身麻酔と硬膜外麻酔を行いながら、下腹部をおおよそ10cm切開して手術を行う方法です。腹腔鏡手術に比べて術中の出血量が多いため、手術前に自己血(自分の血)を貯めて手術中に体内に戻します。 - 腹腔鏡手術(腹腔鏡下前立腺全摘除術)
腹腔鏡手術は、小さな穴を数カ所開けて、炭酸ガスで腹部をふくらませて、専用のカメラや器具で手術を行う方法です。開腹手術に比べて出血量が少なく創(きず)が小さいため、体への負担が少なく、合併症からの回復が早いといわれています。 - ロボット手術(ロボット支援前立腺全摘除術)
ロボット手術は、下腹部に小さな穴を数カ所開けて、精密なカメラや鉗子(かんし)を持つ手術用ロボット(ダヴィンチ)を遠隔操作して行う方法です。微細な手の震えが制御され、拡大画面を見ながら精密な手術ができます。ロボット手術は、開腹手術と同等の制がん効果(がん細胞の増殖抑制効果)があり、開腹手術に比べ創が小さく、腹腔鏡手術と比較しても合併症からの回復が早いといわれています。 - 術後合併症
手術後の主な合併症には、尿失禁と性機能障害があります。 - 尿失禁
手術の際に、尿の排出を調節する筋肉(尿道括約筋)が傷つくことで、尿道の締まりが悪くなり、咳(せき)をしたときなどに尿が漏れることがあります。これを防ぐために、できる限り手術中に神経や尿道括約筋の温存を行いますが、完全に防ぐことは難しいのが現状です。尿失禁は、多くの場合手術後数カ月続きますが、半年ほどで生活に支障ない程度に回復します。しかし、完全に治すことは難しい場合もあります。 - 性機能障害
手術直後は、ほぼ確実に勃起障害が起こります。勃起障害の回復は、神経温存の程度、年齢、術前の勃起能などで異なりますが、完全に戻ることは難しいのが一般的です。ただし、神経を温存した手術後の勃起障害には飲み薬での治療も有効といわれています。
- 開腹手術(恥骨後式前立腺全摘除術)
- 放射線治療
放射線療法は、前立腺に放射線を照射して、がん細胞を死滅させる治療法です。がんが、前立腺内に限局している場合が適応となります。放射線療法には、体外より治療を行う「外部照射療法」と、前立腺組織内に放射線源を挿入する「組織内照射療法」の2つの方法があります。- 外部照射療法
現在行われている放射線療法のほとんどは、体の外から放射線を照射する外部照射療法です。我が国で可能な外部照射療法には多門照射、3次元原体照射、強度変調放射線治療、粒子線治療(陽子線、重粒子線)があります。
外部照射療法は入院の必要がなく、外来で治療を受けることができます。通常、1日1回週5回照射し、約1ヵ月半程度の治療期間が必要になります。
外部照射療法では、前立腺だけでなく周辺の臓器にも放射線があたるため、副作用として、直腸粘膜の潰瘍や出血、膀胱、尿道への影響、勃起障害などが起こる可能性があります。 - 組織内照射療法
現在、我が国において行われている組織内照射療法には、前立腺に放射線の小線源(ヨウ素125)を永久的に埋め込み、そこから放射線を前立腺に照射し、周辺のがん細胞を死滅させる治療法(低線量率永久挿入組織内照射法)と、一時的に前立腺内に針を刺入し、高エネルギーの放射線(イリジウム192)を前立腺内に照射する治療法(高線量率組織内照射法)があります。
低線量率永久挿入組織内照射法は、通常、数ミリの小線源50~80本程度を、会陰部から前立腺に埋め込んでいきます。3~4日程度の入院が必要になります。
外部照射療法に比べて、周辺の臓器への照射量を抑えることができるため、合併症が少なく、勃起障害も比較的少ないことが利点になります。
- 外部照射療法
- 内分泌治療
前立腺がんの多くは、精巣および副腎から分泌される男性ホルモンの影響を受けて増殖しています。
内分泌療法(ホルモン療法)は、男性ホルモンの分泌や働きを抑えることによって、前立腺がん細胞の増殖を抑制しようとする治療法です。
がんが前立腺の外に浸潤している病期III期の患者さんには、内分泌療法を単独あるいは放射線療法と組み合わせて行います。病期IV期の患者さんには、主として内分泌療法を行います。また、治療効果を高める目的で、手術や放射線療法の前(ネオアジュバント療法)、あるいは後(アジュバント療法)に内分泌療法を併用することもあります。
内分泌療法には「LH-RH(GnRH)アゴニスト」、「LH-RH(GnRH)アンタゴニスト」、「抗男性ホルモン剤」、「内分泌療法の併用療法」、「女性ホルモン剤」、「去勢術 (精巣摘除術)」があり、去勢術以外は薬物療法です。
前立腺がん細胞の増殖を抑制する方法としては、(1)精巣あるいは副腎からの男性ホルモンの分泌を抑える方法
(2)前立腺細胞内において、男性ホルモンの作用発現を抑える方法
の2つの方法があります。
去勢術、LH-RHアゴニストおよび女性ホルモン剤は(1)の方法、抗男性ホルモン剤は(2)の方法によって、がん細胞の増殖を抑制します。
内分泌療法の併用療法とは、LH-RHアゴニストまたは去勢術に抗男性ホルモン剤を併用するもので、CAB(combined androgen blockade)療法またはMAB(maximal androgen blockade)療法と呼ばれています。
また、内分泌治療を行っても病状が悪化する状態を「去勢抵抗性前立腺がん」(CRPC:castration-resistant prostate cancer)といいます。
CRPCの治療には従来の化学療法に加え、2014年から新しいホルモン療法として2剤「CYP17阻害薬」「アンドロゲン受容体シグナル伝達阻害薬」が使用可能になりました。現在では、新規ホルモン剤として4剤(エンザルタミド・アビラテロン・アパルタミド・ダロルタミド)の薬剤が保険適応として投与が可能となっています。
最近では、進行した前立腺がんに対して、最初から新規ホルモン剤を使用する、アップフロント治療も行われるようになっています。 - 化学療法
化学療法は転移があるがんで、内分泌療法の効果がなくなったがんに対して行います。
ドセタキセルとカバチタキセルがあり、ともに3週から4週ごとに点滴で投与します。
副作用としては、好中球減少症や貧血、脱毛などがあります。
さらに、2020年12月からは遠隔転移があるCRPC(去勢抵抗性前立腺がん)で、かつBRCA遺伝子変異陽性の患者さんに対してオラパリブという抗がん剤が使用できるようになっています。
当院ならではの取り組み
当院では、特定検診やがんパスでPSA高値を指摘され近医からご紹介いただく症例が多く、年間140〜160例の前立腺生検を行っています。生検は穿刺時の疼痛を考慮し、脊椎麻酔下での1泊入院で行っており、エコーガイド下で20ヶ所の生検を行っています。
がん陽性率はおおよそ50%であり、年齢や病期により、患者さんに相談のうえ適切な治療方針を決めています。
治療について、内分泌治療(ホルモン療法)はもちろんのこと、新規ホルモン剤や外来通院治療センターでの化学療法も行っています。放射線治療に関してはCTガイドでのIMRT(トモセラピー)を導入しており、2020年7月から外科療法として最新のダヴィンチXi®を導入しロボット支援手術を開始しており、年間約50件の手術を行っています。
また、当科では前立腺がんに対するロボット手術の指導医であるプロクター認定医とロボット外科学会Robo Doc 国内A級認定医が在籍しており、根治性とともに安全性も考慮した手術を行っております。